捧げられし姫君
踵を返し去っていく男の背に、ファラーシャは細くため息を吐いた。
「やってしまったわ……」
平穏に暮らそうと思っているというのに、王その人へ喧嘩を売ってしまうなんて。
自分の短絡的な行動は場合によって母国に迷惑がかかる。
「あ、謝るべきなのかしら…」
謝りたくないと思う心はあるものの、ファラーシャの身分では謝らないという選択肢はない。
明日には、王との謁見が控えていた。
本来は、そこで一度顔を合わせれば、よほどのことがない限り王と関わりを持つことはない。
強国の後宮など、そんなものだと聞いた。
ファラーシャがいなくとも、代わりは掃いて捨てるほどいる。
ファラーシャと同規模の国の姫君は、一生のうちに王と会うことさえ稀なのだ。
だから、王と出会ったファラーシャは、ある意味とても運がいいと言える。
…あんな、出会い方でなければ。
「……来て早々、打ち首にはなりたくないわ」
ファラーシャは荷物を与えられた部屋へ運び入れた。
西の隅にある小さな部屋だった。
建物そのものも、大国の姫君たちの暮らす東に比べて随分質素である。
静かでいいと、ファラーシャは感じた。
けれども、すぐにその静けさが寂しさに変わる。
「一人でいいから侍女を連れてくるべきだったかしら」
今更、あの事前の連絡が建前上のことだと知っても、どうもしようがない。
「でも知らない国へ私と二人来るなんて、可哀相かもしれないわね」
母国では、たくさんの侍女たちがファラーシャとの別れを惜しんでくれた。
最後の最後まで、馬車に乗ろうとした者もいる。
そんな者たちを、けして不幸にしてはならない。
ファラーシャはそう強く心に決めていた。