深淵
 返事はなく、キョウスケは革手袋をはめた手で静かにドアノブに触れた。                          

・・開いているな。                           

 キョウスケは音を出さないようにゆっくりとドアを開け、泥棒のような足取りで部屋に入り込んだ。                          
 その足取りのまま静かに光を出す部屋に向かった。                        

「どうもキョウスケ君」                         

 その声は部屋の方からではなく、キョウスケが通り過ぎたトイレから突如聞こえてきた。                               

「動かないで。ゆっくりとジャケットを脱いで」                          

 それと同時に男はキョウスケの首の後ろにナイフを突きつけ、柔らかな声でそう指示した。
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