深淵
 自分は冷静だから周囲を警戒したり、後始末をしたりする。                                
 でも臆して殺さなかったわけではない。                             
 そう思うキョウスケには腑に落ちない答えだった。                        

「臆病なことは恥じることではないよ。むしろ殺人を犯す者には必要な素養だ」                        

 センセイは立ち上がり、キョウスケに奪ったジャケットを投げ返した。                           

「君は今、武器を手にしたわけだ。そこでもう一度質問するけど、俺を殺せる?」                       

 大した威圧感も発していないセンセイはそう言ってキョウスケに微笑み掛けた。                                   

 しかし武器が手に戻ったにも拘らずキョウスケは「無理です」とすぐに答えた。
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