深淵
「そう。自分の領域内ではない以上、下手に動くことは禁物だね。常に優位を確保した上で、行動を起す。だから良く言えば、冷静、慎重で裏を反せば臆病だよね」                                  

 冷静に言葉を連ねたセンセイは、言い終わると静かに椅子に腰を下ろした。                         
 まだ何かを言いたそうなセンセイを前に、キョウスケは異論を唱えようとはしなかった。                               

「・・若いときは自分が臆病だなんて認められないよね。俺もそうだった。でも臆病ってことは、生きる意志が強いということなんだよ」                                  

 キョウスケが自然と不満げな表情を浮かべていたのか、センセイは優しい声でなだめるように、且つ説くように言った。                             
・・たしかに生きるためには臆病になってしまうか。



 生きる意志の強さと聞いて、キョウスケは何となくセンセイの言う「臆病」を理解した。
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