深淵
「ただ、きっとキョウスケを楽しませてくれる男だよ」                        

 微笑んで、センセイは荷物を整理し始めた。                           
 それは今生の別れまでの、残された短い時間だった。                        


「・・その男とセンセイはどんな関係なんですか?」                        

 キョウスケは込み上げる悲しみに耐えつつ、そうセンセイに訊ねた。



 センセイはキョウスケに背を向けながら「古い友達だよ。数少ない」と言って荷物を詰めたバックを椅子に置いた。




「・・友達」                              
「そう。彼は忘れっぽくてね。それを思い出させようと思ってね」




 センセイは少し声を弾ませながらそう言って「そろそろ」と言葉を続けた。                         

「わかりました。・・それでは」



「元気でね、キョウスケ」



 そんな簡単な別れの挨拶をしてキョウスケは帰路に就いた。
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