深淵
 自宅に忍び込むようにして入ると、キョウスケは体が小刻みに震えた。



 暦ではもう夏だというのに震えは止まらず、キョウスケは足早に、かつ静かに自室に入り込んだ。




「何だってんだ・・」                          

 キョウスケはベッドに潜り込まずに椅子にもたれ掛かった。



 恐怖でも引きずっているのだろうか。



 それともシンドウを殺すことに気持ちが昂ぶり、武者震いをしているのだろうか。



 キョウスケは戸惑いつつ部屋の隅に置いてある姿見に目を移した。



・・あれ?涙?



 鏡に映ったキョウスケの目からは涙が流れていた。


 キョウスケは「あれ?」と何度も呟きながら涙を拭ったが止まる気配はなかった。



 恐怖や羨望を抱き、尊敬していたセンセイとの今生の別れ。



 そのセンセイの意識をある男に奪われたという、ある種の喪失感。           



 その悲しみと悔しさが心を大きく揺さ振って、キョウスケは堪らず涙を流した。                                   

「・・くそっ」     

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