世界の神秘(短編)
世界の神秘
 墨色をした空。薄い雲の間からおぼろげな十四番目の月が、この体を照らしている。衰弱しきった重い全身を引きずるようにして、彼女の元へ向かう。もう獲物としては見ることができなくなった、あの女の元へ。



「ノア!また来たの!?そんな体で……」

「俺が、好きで来てるんだ。気に入らないなら、追い返せば良い。」



 追い返されないのが分かっているから、こんなことが言えたんだろう。胸を覆う程の長さの艶(あで)やかな黒髪をした彼女は、眉を下げた表情で、俺を部屋に入れてくれた。



「……毎晩来るなら、あたしの血を吸えば良いじゃない。あんた、死ぬわよ?死ぬために、ここに来てるの!?」



 荒げた声から伝わる、苛立ちと哀しみ。そう。この女の血を吸えば、こんな倦怠感からは、多分すぐに解放されるのだ。

 だが、俺はあえてそれをしない。いや……できない、の間違いか。



「俺が、ここに来る理由……?そんなの、お前が一番よく分かってるだろう、香乃花(かのか)。」



 右手を伸ばして頬に触れると、ピクリ、震える雪肌。親指でふっくらとした紅い唇をなぞってやれば、その瞳が欲情と少しの期待で染まった。

 ――あぁ、牙が疼く。
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