腐ったこの世界で
伯爵は窓際のテーブルで紅茶を飲むあたしに軽く目を見張ってから鮮やかな笑顔を浮かべた。
「おはよう。今日は珍しくお寝坊さんだったね」
「おはよう。伯爵も遅かったのに早いですね」
そう言えば「慣れてるからね」なんて嘯いた。お酒も飲んでいたはずなのにすっきりした笑顔だ。
なんだか悔しい。こっちは慣れない舞踏会でボロボロなのに。あっちこっちが痛い。
「朝食は? いや、もう昼食か……。用意させようか?」
「いいえ。…イリスがスコーン持ってきてくれますから」
その言葉に伯爵が眉をひそめた。たぶんスコーンだけ、ってことがよくなかったんだと思う。
でも食欲は沸かなかった。何も食べたくない。
「顔色がよくないな……具合が悪いのか?」
そう言って伯爵の手があたしの頬に手を伸ばす。温かい指先があたしの頬を人撫でした。
思いがけないその触れ合いに、自分の肩が強張る。伯爵の優しい触れ方にどうしたらいいのか迷った。
「熱はないようだ。医者を呼ぶかい?」
「いいえ! 大丈夫です。休めば体調も戻りますから」
本当に医者を呼びかねない伯爵のその様子にあたしは慌てて首を振った。そんなあたしに伯爵が苦笑を漏らす。
それからスコーンを持ってきたイリスを呼び止めて、温かいスープを持ってくるように頼んだ。
「何も食べないのはよくない。スープだけでも飲んで」
真摯にそう言われては断る言葉が出てこなかった。頷く私に、イリスが飛ぶように厨房に戻る。
どうやら思っていたよりも心配をかけていたらしい。そんな様子に伯爵が笑う。
「すっかり君のことが好きになったみたいだな」
「あたしも二人が大好きです」
咄嗟に言えば伯爵が複雑そうな顔をする。意味が分からず首を傾げれば「妬けるね」と一言。何がだろう?
聞いたけど、伯爵は笑って誤魔化した。