腐ったこの世界で
伯爵はあたしの勉強時間を減らした。あたしに自由な時間を与えたいんだ、なんて言ってくれたが正直、やることがなくなって暇になった。
悪かった足はすっかり良くなり、今では歩くのに支障がない程度まで回復している。そうなると動き回りたくなるのが心情だ。
「またですか、アリアさま」
厨房にひょっこり顔を出したあたしを、料理長のロムルが呆れたような顔をする。そんな彼にあたしは苦笑いを返した。
「お願い、ロムル。今日はマフィンを作ってみたいの」
懇願するように彼を見れば、小さくため息をついてあたしを手招きした。あたしはやった、と思いながら厨房に入る。
ロムルは困ったように顔をしかめながらも追い出そうとはしなかった。そういう優しいところがロムルの人望の大きな理由だろう。
「すっかりここがお気に入りの場所ですね……」
「料理ができるところって面白いよね」
あたしが初めてここに来たのは美味しそうな匂いがしたからだ。長い奴隷生活ですっかり匂いに敏感になったあたしは、その美味しそうな匂いに抗えなかった。
そして初めて見た料理に目を奪われた。とにかく凄い。それしか言えなかった。
「ロムルみたいに上手にできたらいいのに……」
「アリアさまも最初に比べたら上手になりましたよ。クッキーはもう完璧じゃないですか」
慰めるようなロムルの言葉にあたしは曖昧に笑う。手元のマフィンを天板に乗せ、オーブンに突っ込んだ。
厨房は夕食に向けてどんどん料理が作られていく。あたしはそれをなんとなく眺めていた。
そういえば料理を作ったのってロムルが誘ってくれたからだ。あたしが興味津々で厨房を覗いていたから。
「アリアさまも変な人ですね。普通、厨房になんて出入りしませんよ?」
「それは貴族の子の話でしょ? あたし、貴族じゃないもん」
普通の貴族の女の子ならこんなところに出入りしたりしないだろう。そもそも、屋敷を歩き回ったりしないかもしれないし。
本当に貴族らしくはなれない。そう思ったらまたため息が出た。