腐ったこの世界で
伯爵はあたしを思って色々なことを習わせてくれた。でもやっぱり淑女にはなれない。
「アリアさま、旦那さまは身分なんかにこだわる方じゃないですよ」
「うん……」
それは分かってる。身分なんて気にしてたら、伯爵は間違いなくあたしを屋敷に閉じ込めて外になんか出さないだろう。
それが普通だから。……だから、時々忘れそうになる。
あまりにも伯爵が普通だから。ここに居るみんなも当たり前のようにあたしに接する。
あたしは、誰よりも汚いモノなのに――。
「――アリアさま?」
呼ばれて顔を上げれば、あたしの顔を覗き込むイリスと目が合った。予想してなかったあたしは固まる。
「……え?」
「レオンさまがお戻りになりましたよ」
もうそんな時間なんだ。あたしはイリスに促されるまま、伯爵を迎えるためにサンルームを目指す。
途中でマフィンのことを思い出した。だけど今さら戻れないし。
「……いいや。あとで取りに行こう」
ロムルのことだから焼き上がりを見て取り出しておいてくれるだろう。端に寄せておくくらいはしてくれるはずだ。
サンルームにはすでに伯爵が居た。着替えてきたのかラフな格好になっている。あたしが入ってきたのを見て、伯爵が満面の笑みを浮かべた。
「っ、」
「ただいま。わざわざ出迎えてくれたんだね」
「う、ん。おかえり……」
輝くばかりの笑顔を向けられ、あたしは戸惑う。最近伯爵はずっとこんな感じだ。
舞踏会に連れ回されるようになってからやたらと機嫌が良い。あちこちに紹介しては、あたしにべったりくっついているのだ。
そんな風にしてたら絶対に誤解されるのに。買った奴隷と一緒に居るなんて反感を買うに決まってるんだから。
言ったところで伯爵が言うことを聞くはずがないのだが。