腐ったこの世界で


美味しそうに頬張る伯爵をあたしは恐る恐る眺めた。まずかったらどうしよう。
だけど伯爵は一口食べて、あたしににっこり笑いかけた。幸せそうに。

「美味しい。料理、上手だったんだね」
「だからロムルが作ったんだって……」

あたしはただ捏ねたり器に入れたりしただけであとはほぼロムルがやった。
だからロムルが作ったようなもんなのだ。そう言っても伯爵は聞こえてはいないようだけど。

「また何か作ったら食べたいな」
「もっと上手に作れるようになったら…考えます」
「今だって十分に上手だよ」

基本的にあたしに甘くて紳士な伯爵はあたしが何を言っても否定しないだろう。あたしはさっさと説明を諦めて、クレアが持ってきてくれた紅茶を飲んだ。
温かい紅茶には蜂蜜がたっぷり入っている。伯爵なんかは何も入れないで飲んでいるが、あたしは蜂蜜やミルクが入っているのが好きだった。
もちろん伯爵に引き取られるまで飲んだことはなかったが。紅茶なんて高価なものは貴族や大商人しか味わえないものだ。

「旦那さま少し、よろしいですか?」

ぼんやりと湯気の立つ紅茶を眺めていたら奥の扉からグレイグが姿を現した。手には白い封筒を持っている。

「どうした?」
「これがたった今、届きまして」

あたしからはよく見えなかったけど、伯爵はその手紙の差出人を見てわずかに目を見開いてそれから嫌そうな顔をした。

「なんで急に……」

心底嫌そうな顔をする伯爵にあたしは首を傾げる。誰だろう。伯爵がこんな顔をするなんて、よっぽど嫌な相手から手紙が来たのだろうか。
伯爵はグレイグから渡されたペーパーナイフで手紙の封を切る。それから中身に目を通し、ますます嫌そうな顔をした。


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