腐ったこの世界で
広い廊下を一人でどんどん歩いていく。自分の顔が熱くなるのを感じた。
早足で動かす足は自分の思った通りに歩みを進める。それがどんなに素晴らしいことか、あたしは階段をかけ降りながら感じていた。
伯爵に引き取られてから、あたしは余りある恩恵を受けている。あの掃き溜めみたいな腐った場所から助け出されただけでなく、今もたくさんの物を貰った。
……ううん、物だけじゃない。
「困ったなぁ……」
与えられる愛情は心地よくて。誰もが優しくて、その優しさに溺れそうになる。
だけどやっぱり申し訳なさに悩むときがあるのだ。与えられるばかりで、何も返せないから。
「……仕事ないかなぁ」
侍女の皆さんの仕事手伝ったら怒るかなぁ。……怒るだろうなぁ。だからって他の仕事もやらせてもらえないだろうし。
「貴族って暇」
いや、それは嘘だ。現に伯爵は忙しそうにしてるし。みんながあたしに気を使ってくれてるんだよね。
家族みたいに接してくれて、本当に嬉しい。「家族」がどんな物か記憶にないあたしには、それが本物に思えるくらいだ。
「――アリアさま?」
庭に出たところでクレアに出くわした。腕にはいっぱいの花々が抱えられている。
「どうかしましたか?」
「ううん。なんでもないの。それは?」
クレアは慌てる私に首を傾げながらも、抱えている花をあたしに見せてくれた。
どれも蕾が開ききっており、その芳醇な香りが鼻孔を刺激する。知らず知らず、頬が緩んだ。
「庭師が早咲きの花をくれたんです。よろしければアリアさまの部屋に飾ろうと思いまして」
その言葉にあたしは顔を輝かせる。クレアも小さく笑って、あたしたちは屋敷の中へと戻った。