腐ったこの世界で
*偶然か必然か
気持ちのよい風があたしの肌を撫でる。公園には有閑貴族たちが優雅に散歩を楽しんでいた。
あたしは今、ハイルパークに来ている。伯爵は居なかった。付き添いはイリスだけ。
足のリハビリも兼ねて、何も予定の入ってなかった午後に来てみたのだ。日傘を差しながら道なりにゆっくり歩く。
「気持ちのよい午後ですね。足の具合は大丈夫ですか?」
「平気。こんな風にのんびり歩くの、久しぶりだから楽しい」
実際、屋敷の外に出るのは舞踏会以外で久々だった。おまけに今回は予定のない気ままな散策だ。
こんな時間、取れると思ってなかった。外を歩いてるときなんて奴隷市場に連れていかれるときだけだったし。
「アリアさま、よろしければ何か買ってきましょうか?」
そう言われてイリスが見ている方を見る。そこにはワゴン車が一台。……気になる。
「……お願いします」
イリスは心得た、と言わんばかりの笑顔でワゴン車に向かった。
あたしは伯爵に拾われてから、甘味に目がなくなった。食うにも事欠く生活だったのに、甘いものなんて食べたことがなかった。
それだけに、甘いものにはすっかり骨抜きにされている。つい目を輝かせたあたしを見て、イリスが苦笑したのがチラッと見えた。
イリスがワゴン車に行っている間、あたしは辺りをゆっくりと見回す。周りにも優雅に午後の時間を楽しむ人がちらほら居た。
「……あれ?」
花壇を挟んだ向こう側。そこに淡い黄色の日傘を差す女の子が居た。その子は足を引きずるように歩いている。
あたしは歩き方でピンと来た。足に怪我をしてる。顔がわずかに歪んでるから、怪我をして間もないのかもしれない。
あたしはついその女の子に近づき、背後から遠慮がちに声をかけた。
「あのぅ、」
「っ!」
女の子は突然声をかけられて驚いたのか、弾かれるように私を振り返った。
赤みがかった金髪に翡翠色の瞳。日焼け知らずの陶器のような肌に、あたしは思わず息を呑んだ。
「……なにか?」
声をかけたくせにいっこうに話そうとしないあたしを不審に思ったのか、女の子の顔が訝しそうに歪む。
あたしは慌てて彼女の足を見た。あぁ、やっぱり血が出てる。