腐ったこの世界で



伯爵? こいつ今、伯爵だって言った? 伯爵っていえば成り上がり貴族や新興貴族とかではないはずだ。
そいつがあたしを買う?

「止めなよ!」

あたしは咄嗟に叫んでいた。そんなあたしに、伯爵も人買いも驚いたような顔をする。
伯爵位の人間が奴隷買いなんてしてはいけない。――違う、させてはいけないんだ。
歴史ある由緒正しい貴族たちは、奴隷の存在を良く思っていない。この奴隷市場に新興貴族ばかり居るのがその証拠だ。
伯爵は最初、よく分からないという顔であたしを見つめる。あたしはそんな伯爵を思いっきり睨んだ。

「君は何を言ってるのかな?」
「だってあんた伯爵でしょ!? そんな奴があたしなんか買ったら…」

あたしを買ったら白い目で見られるのはこの伯爵だ。そんな目に合わせてはいけない。
なんで伯爵のためにこんなに必死になってるのか、自分でもよく分からなかったけど。
思えばこの伯爵だけだった。あたしに笑いかけたのは。腐ったこの場所で、唯一温かい笑顔を浮かべた人。

「伯爵なら新興貴族ってわけじゃないでしょ?」
「まぁ歴史は一応、あるが…」
「だったら…!」

泣き出しそうなあたしの意図が分かったのか、伯爵が不意に笑った。思いがけないその笑顔に、あたしの思考回路が停止する。

「こんなことで駄目になる伯爵家ではない。……見くびらないでくれ」

そう言ってあまりにも鮮やかに笑うから。あたしは浴びせようと思っていた罵詈雑言を、喉の奥に引っ込めた。


< 12 / 117 >

この作品をシェア

pagetop