腐ったこの世界で


結局、伯爵はあたしを降ろしてくれなかった。降ろせ、と暴れたのに。意外と力があって驚いた。
伯爵はあたしを抱えたまま出口に向かって歩き出す。途中、従者らしき人にお金の交渉など頼んだ。

「…あ…」
「どうした?」

忘れてたけどこの人、尋常じゃない金額を払ったんだっけ。あたしなんかのために。
伯爵はあたしの考えが分かったのか、安心させるように笑う。それでもやっぱり後ろめたさが残った。

「大丈夫。お金なら余りまくってるから」

……嫌味な言い方なのにそんな風に聞こえないなんて得な人種ね。
あまりにも爽やかに微笑んでいるから、それ以上何も言わないことにした。本人が気にしてないなら良いかなと思うし。
伯爵は外に待たせてあった馬車にあたしを放り込むと一緒に乗り込んだ。やがて馬車はゆっくり走り出す。

「どこ行くの?」
「僕の屋敷だよ」

伯爵の言葉に納得して、あたしは物見窓から奴隷市場を見た。
信じられない。あの場所から出られたなんて。手に温もりを感じたので顔を上げたら、伯爵が微笑んで手を握っていた。


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