腐ったこの世界で
やがて部屋に一人の男の人が入ってきた。眼鏡をかけた優男。もちろん知り合いじゃない。……誰?
あたしの疑問に気がついたのか、伯爵が笑いながらあたしに紹介してくれた。
「お医者さまだよ」
「……医者?」
医者って確か、病気や怪我を治す人のことだよね。「…初めて見た…」思わず呟いたら伯爵が渋面を作った。
「…初めて?」
「うん。初めて」
奴隷は怪我しようが病気になろうが、医者に見てもらうことなんかない。あたしは旅芸人の一座に居た時から医者に見てもらったことなんかなかった。
伯爵はあたしの言葉に、舌打ちをした。その意味が分からず首を傾げるあたしに、医者は苦笑する。ますます分からなくなった。
「怪我は足でよろしいですか?」
優しい言葉に頷けば、医者はあたしの足元に座り込んだ。そのまま丁寧に足を触れるから、あたしはびっくりして足を引っ込めようとする。
別に淑女ぶるつもりはなかったけど、素足を見せるのは女性として恥ずかしいものだ。しかも医者とはいえ、赤の他人に。
「骨を…砕かれてますね?」
医者の核心を突くその言葉に、あたしの心臓が嫌な音をたてて軋んだ。