腐ったこの世界で
あれはいつだったか。よく覚えてはいない。あたしは人買いから人買いへと渡り歩いていたから。
たぶん運び屋の一人が乱暴な奴で、抵抗したあたしを殴ったんだと思う。そして倒れたあたしの足を荷馬車で轢いた。
激痛に気を失ったあたしは死なない程度に看護され、轢かれた方の足は使い物にならなくなっていた。
「……足、治らないんですか?」
「それは、」
言いよどむ医者に、あたしは苦笑する。あまり期待はしていなかった。伯爵は諦めきれないのか、まだ渋面を作ったまま医者を見ている。
「無理なのか?」
「治すことはできます……時間はかかりますが」
予想外の言葉に、あたしはバカみたいに口を開けたまま固まる。
治る? あたしの足が?
医者はあたしの足を診ながらいくつかの薬を処方した。
「私ができるのは薬を処方するくらいです。知り合いの魔療師を紹介します。彼女なら腕も確かですし」
聞き慣れない単語に、あたしは首を傾げる。マリョウシ? 分からない、という顔をしたあたしに医者は丁寧に説明してくれた。
「治療を専門とした魔術師のことです。体内の治癒力を活性化させ、治療を施してくれます」
医者は伯爵に知り合いらしい魔療師の連絡先を教え、帰っていった。
あたしはなんだかどっと疲れが押し寄せて、ソファーに深く座る。なんか一日が長く感じた。