腐ったこの世界で
美味しい朝食を頂いてから伯爵はあたしに「それじゃあ着替えておいで」と言った。だからどうしてあたしと同じサイズの服があるんだ。
憮然としながら立ち上がればドア際に立っていた侍女二人があたしの側に走り寄ってくる。不思議に思って首を傾げれば、伯爵が小さく笑った。
「そうそう。彼女たちは君付きの侍女だ。クレアとイリスだよ」
あたし付き!? なんだそれ! びっくりして二人を見れば二人は「よろしくお願いします」と頭を下げた。
伯爵によるとどうやら背の高い黒髪の美人がイリスで栗色の髪の小柄な方がクレアらしい。
笑顔で説明する伯爵に、ついつい流されそうになったけどあたしは慌てて首を振った。
「ちょっと待って! あたし、別に侍女なんて…」
「この屋敷に住む以上、使用人たちの手を使わずに生活をすることなどできないよ?」
先手を打つように伯爵が鋭く告げる。あたしはその言葉に息を呑んだ。
そうだ。ここは伯爵の屋敷。あたしが文句を言えるような立場じゃないんだ。あたしは伯爵の屋敷に間借りしてるようなもんだし。
あたしが押し黙ったのを見て、伯爵が困ったように笑う。
「人の手を使うことに慣れてない君のことだから、できるだけ使用人を使わないようにするつもりだけどね」
それは伯爵の優しさ。それを実感すると共に、嫌でも現実が突き刺さる。
やっぱりあたしみたいのがここに住むのは無理なんじゃないかなぁ。
渋面作るあたしを見て伯爵は笑った。そのまま侍女と一緒にあたしをサンルームから追い出す。
昨日寝た部屋まで戻ったら、クレアがどっからかまた服を引っ張り出してきた。
「お嬢様、こちらにお召し替えを…」
服を脱がせようとしたイリスの言葉にあたしはぎょっとした。慌てて服を脱がそうとする腕を掴む。「お嬢様?」「それ止めてください!」あたしの必死の言葉に、イリスが首を傾げた。