腐ったこの世界で


あたしは「お嬢様」なんて呼ばれる身分じゃない。普通だったらたぶんイリスやクレアよりも下の身分だったんだから。
慌てるあたしに、イリスもクレアも戸惑ったような表情になった。そりゃあ伯爵に言われて来たのに、いきなりこんなことを言われたら困るよね…。

「でも…」
「あたし、お嬢様なんて呼ばれる身分じゃないんです」
「では、何とお呼びすればよろしいですか?」

言われて気づく。…しまった。何も考えてなかった。
目を泳がせて悩み出すあたしに、イリスが小さく笑った。それを見てなんだか恥ずかしくなる自分が駄々をこねた小さい子みたいに思えて。
答えが出ないあたしに、クレアが譲歩案を提示してくる。

「ではお名前でお呼びしますね」
「え?」
「アリアさま、でよろしいですか?」

本当はさま付けも止めて欲しかったけどそこは譲れません! ってクレアに言われたので仕方なく諦めた。
だけどこのことをきっかけに、二人と普通に話ができるようになった。もちろん向こうはあたしに敬語だけど。
同年代に友人がいないあたしにとって、二人は年上のお姉さんみたいだ。
意外なことにクレアの方がイリスより年上だった。驚いて思わず聞き返したら、イリスが膨れながら「私ってそんなに老けてますか?」って聞くから慌てて首を振った。

「じゃあクレアが先にお屋敷に働きに出たの?」
「えぇ。それから二年くらい後にイリスが入ってきたんです」

最初に見たときはイリスの方が絶対年上だと思ったのに。人は見かけによらない、って本当なのね。

「さ、できましたよ! レオンさまがお待ちですから行きましょう」

イリスが腰元のリボンを結んでからあたしの肩を軽く叩く。どうやらあたしが呆けてる間に用意を終わったらしい。
いや、そんなことよりも。

「レオンさま……?」



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