腐ったこの世界で
二人に連れられるまま、あたしは一階の玄関に向かう。すでに伯爵は準備万端で待っていた。扉の向こうには昨日とは違う馬車が控えている。
「どうかしたのか?」
落ち込んだようなあたしを見て伯爵が後ろに控えるクレアたちに聞いた。二人は困ったように顔を見合わせる。
「それが…」
「なんでもない。大丈夫」
困惑したまま口を開いたイリスを遮るように、あたしは返事を返す。別に伯爵が心配するようなことはなかった。本当に。
ただ、なんだか自分が情けなく思えて。伯爵はあたしを助けてくれた。薄汚くて学もないあたしを、何も聞かず。だからあたしは伯爵にとても感謝している。
「お姫様はどうやらご機嫌ななめのようだね」
うつむくあたしに苦笑して、伯爵はあたしをまた抱き上げた。びっくりしてあたしは前みたいに伯爵の首にしがみつく。
どうやら伯爵はあたしを抱き上げることを気に入ったらしい。にこにこ笑いながらあたしを馬車まで連れていってくれた。
たぶん、伯爵の中であたしは守らなきゃいけない幼子みたいな感覚なんだろうなぁ。
伯爵はあたしを馬車に乗せたあと、自分も乗り込んであたしの向かい側に座る。やがて馬車がゆっくり走り出した。
「足は大丈夫か?」
「うん。お医者さまの薬が効いているみたい」
記憶にある限り初めて飲んだ薬は苦かった。粉薬で飲みにくかったし。でも断続的に続いていた痛みはすぐに引いて、歩くのに支障がないくらいになった。
「これだけでもう十分なのに」
「ちゃんと歩けるようになるには魔療師に見て貰うべきだよ」
足をブラブラさせるあたしを見て伯爵は苦笑する。でもあたしは伯爵にこれ以上迷惑をかけたくないんだ。あそこから連れ出してくれただけでも十分なのに。
伯爵にはすごく感謝している。でもあたしはこの恩を、どうやって返したらいいのか分からない。だってあたしは何も持っていないだもの。
「どうやら相当お悩みのようだな」
馬車に乗っても外を見ようともしないあたしに、伯爵は苦笑した。