腐ったこの世界で


思いがけない人物の登場に、あたしも二人の侍女もびっくりしたように固まる。そんなあたしたちを見て伯爵は楽しそうに笑った。

「散策は楽しかった?」
「えっと……うん」

頷くあたしに伯爵は満足そうだ。良かった。怒ってたわけじゃないんだ。あたしは無意識に力の入った拳を緩める。
伯爵は気づいてたみたいだけど何も言わなかった。「今日は四阿で食べようか」クレアたちに目配せすれば、すぐに二人は屋敷に戻っていく。
あたしは伯爵に手を引かれながら薔薇の庭を歩いた。足を引きずるように歩くあたしを見て、伯爵は渋面になる。

「足が痛いのか?」
「え? や、別に…」

嘘だ。本当は痛かった。でもそれを言ったら伯爵の顔がまた悲しそうに歪むから。だからあたしは平気なフリをした。
だけど伯爵はあたしが大丈夫だって言ったのに、やっぱり悲しそうな顔をする。あたしにはその理由が分からなくて。結局、黙ることしかできなかった。

「午前中に魔療師が来る。それまでの辛抱だ」
「……うん」

足が治ったら。考えたこともなかったけど、もしも治ったら。
自分の足で歩いてどこかに行きたいと思った。


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