腐ったこの世界で
アデラート公国。今となっては事実上、地図から消えてしまった国だ。アンはそこの出身だと言う。アンは親も家も、国と一緒に消えてしまったと呟いた。
その暗い表情にかける言葉が見つからず、あたしは狼狽えてしまう。そんなあたしを見てアンは安心させるように微笑んだ。
だけどその顔が一瞬にして歪む。
「あたしたちは明日、奴隷競売にかけられるんだよ」
「奴隷競売?」
「そこで変態とか好事家とかに買われるのさ」
吐き捨てるように呟いた言葉に諦めがにじみ出ていた。そりゃそうだろう。こんなとこに容れられていたなら。
ここは間違いなく最低な場所だ。もっともあたしはもうずっと、最低な場所にしかいなかったけど。
今、生きてるのも不思議なくらいだ。
「買う奴が使用人目的なら良いけどね」
自嘲気味に呟くアンに、あたしは心の中で笑った。
そんな奴がこんなとこに来るはずがない。ここに来るような奴は、人として最低な部類のはずだ。
「どうしたの?」
口の端を微かに持ち上げたあたしに、アンが不思議そうな顔をした。「何か食べたいの?」あたしはそれに首を振ってその場に横になる。
「寝ちゃうの?」
それには返事をしなかった。
死んだような毎日。今さら、何かが変わるとも思えない。
腐っているこの世界。どこに行ったって、何かが変わるわけでもないはずだ。
そんなことを思いながら、あたしはゆっくり目を閉じた。