腐ったこの世界で
「――さて、」
隣の伯爵があたしの顔を覗き込んできてびっくりする。「な、なに?」思わず後ずされば、伯爵がおかしそうに笑った。
「今後のプランについて話し合おう」
「……プラン?」
嫌な予感が胸を過る。あたしはここ数日で、伯爵が輝くような笑顔を見せるときは大抵ろくでもないことだと悟った。
身構えるあたしに伯爵は笑いながら手を取った。そのままあたしをソファーに座らせる。
「足の治療は完璧のようだね」
「まぁ…」
「なら今度からダンスのレッスンを追加しよう」
爽やかな宣言にあたしは脱力する。「必要ないよ…」「必ず必要になる」やけに自信たっぷりな答えに、あたしは半眼で伯爵を睨んだ。
「やりたくない?」
「………」
ここでやりたくないと言ったら止めてくれるのだろうか。…止めてくれないだろう。伯爵はやると言ったらやる人間だ。たぶん。
「踊れるかな」
「優秀な先生だから大丈夫だよ」
あたしの知っているダンスといったら、下町の酒場なんかで踊ってるようなやつだ。間違いなくそれじゃないのは分かる。もっと格式の高そうなダンスなのだろう。
伯爵に引き取られてから色々なことを学んできた。ありとあらゆることを。
伯爵はあたしをどうしたいんだろうか。
そんなことを思いながら目の前の胡散臭い笑顔を見つめ、あたしはため息をついた。