腐ったこの世界で


気がついたら口をついて出た言葉だった。彼女にも聞こえていたらしい。遠くを見ていた視線が自分に定まったのが分かった。
隠しようのない嫌悪感が揺らめく瞳。いつもなら絶対に不快に感じるそれなのに、この異常な世界だと唯一まともな人間に証のように思えた。

『…こんなとこに容れられて、ご機嫌な奴が居ると思う?』

返ってきたのは不機嫌そうな少女の言葉。まさか言葉を返されるとは思わなかったから俺はびっくりして固まってしまった。
そんな俺を面白くもなさそうに見返す。生意気そう。強がりにも見えるけど。
ここに居るのは誰も彼もが死んだようなのに。彼女だけが生きた人間みたいで。それがすごく新鮮だった。
気がついたら人買いに向かって彼女を買うって言っていて。法外な値段に臆することもなくそれを払ってしまった。

『サー、あんた頭おかしいよ…』

信じられない、っていう顔の彼女が愉快だった。もっといろんな表情が見たい。彼女を日の当たる場所で。
帰ったら執事が怒るだろうな。貴族の奴らも余計なことを言う者が出るだろう。それでも彼女を手に入れたい、という感情は消えなくて。

強いて言うなら、彼女の瞳の強さにやられてしまったのだ。俺は。

足を引きずる彼女の体を抱き上げて奴隷市場から出る。入った時とはなかった高揚感と一緒に。



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