腐ったこの世界で
貴族の目覚めは基本的に遅い。そんな中で彼女は使用人と変わらないくらい早起きだった。
アリアと名乗った彼女は人狩りによって足の骨を砕かれていた。今はその治療も行い、歩行訓練行っている。
「旦那さま、先に朝食をご用意しても構いませんか? アリアさまはすでに起きていらっしゃいますので」
慇懃無礼が服を着ているような執事の言葉に俺は苦笑しながら起き上がった。日は既に昇っている。これでも俺としては十分早起きなのだが。
社交界のシーズンが始まれば貴族たちの生活は昼夜逆転だ。俺もいつもより早く切り上げたとはいえ、遅くまでパーティーに出席していた。正直眠い。
「ご無理なさらなくても。午後までゆっくり眠っていたらどうです?」
「起こしたのはお前だろう。着替えを」
問答無用で遮光カーテンを開けたくせに。こいつは時々、主人を主人と思ってない節がある。
俺はグレイグに服を用意させ、部屋付きのメイドには風呂の支度をさせる。
「アリアは何をしてる?」
「先ほどは中庭の四阿で本を読んでらっしゃいました」
グレイグの答えに俺はまたか、と苦笑する。最近のアリアは暇があれば本を読んでいた。
この屋敷で暮らすようになってからアリアには家庭教師に勉強を習わせた。今まで勉強などしたことのなかった彼女は、教師も驚くほど意欲的に知識を取り入れ、それを自分の物にしている。
最近のアリアは中庭の四阿で本を読むのがお気に入りのようだった。歩けるようになってから、アリアはいろんなところに顔を出しているらしい。
「神出鬼没だと使用人たちが笑って話してましたよ」
「歩行訓練も兼ねてるんだろう。…痛くないようなら良かった」
よく笑うようになった。まだぎこちないところもあるが。
俺は口許を緩ませながら温かな浴室に向かった。