腐ったこの世界で
グレイグに、四阿に朝食の用意をするように命じてから一足先に四阿に向かう。アリアの姿はすぐに分かった。うつ向きながら本を読んでいるから、長い髪がその表情を隠している。
手に抱えるのは俺が子供の頃に読んだ本だった。昨日とは違う本。ということは昨日の本は読み終わったのか。
「熱心だね」
しみじみと呟いたらアリアが本から顔を上げた。その瞳が俺を写す。
アリアのブルーアイスの瞳が嬉しそうに細くなる。俺は苦笑しながらアリアの隣に座った。
「このままだと屋敷中の本を読み終えてしまいそうだね」
褒めるように言えば、アリアがくすぐったそうな表情で笑う。それを見ると、不思議と自分の頬も緩んだ。
美人ならたくさん見た。昨日のパーティーにも、着飾ったたくさんの貴婦人たちが輝かしいシャンデリアのもとで悠然と微笑んでいたのを覚えている。
それでも綺麗だ、と思えないのは打算のない笑みというものを知ってしまったからかもしれなかった。
屈託なく笑うアリアの方が昨日見た貴婦人たちよりもよっぽど可愛いと思う。
「……なに?」
じっと見つめていたからか、驚きながらも微かに身を引くアリアに苦笑する。俺は頭を撫でながら、アリアの手を引っ張る。
「グレイグが朝食の用意をしている。おいで」
アリアは素直についてくる。まるで歳の離れた妹の世話をしているみたいだ。正確な歳は知らないが。
温かい手のひらを優しく握りながら、俺は四阿の片隅に向かって歩き出した。