腐ったこの世界で


自分に庇護欲だとか保護欲とかがあることを、アリアと出会ってから初めて知った。今だって目の前で覚えたてのテーブルマナーを扱うアリアに、口元が緩んでしまう。

「……笑わないでよ。下手なのは分かってるんだから」
「一生懸命なところが可愛いって思っただけだよ」

褒めたのにアリアは不快そうに顔をしかめた。これも新鮮な反応だった。俺の知ってる女性というのは、褒めると照れるか当然と受け止めるのどちらかだったから。
アリアは顔を赤く染めたり傲慢な態度も取らない。それが新鮮で、それでいて可愛らしい。

「伯爵ってもしかして女ったらし…?」

失礼な。どこからそんな発想が出るんだ。真剣に呟くアリアに苦笑が漏れる。
穢れてないというか、汚れてないというか。あんなところにいたのにアリアは疑うことを知らない。

「今日もお仕事ですか?」
「あぁ。…今日は早く帰るようにするよ」

アリアが一人で食事をすることを嫌がっていることを知ってる。だから食事はなるべく一緒に取るように心がけていた。……朝は少し、厳しいときもあるが。

「本当ですか?」
「あぁ。だから良い子で待ってるように」

子供扱いをするとアリアが頬を膨らませた。それに少し笑って俺は席を立つ。「それじゃあ行ってくる」声をかければアリアが小さく「行ってらっしゃい」と言った。
不思議な同居生活。それも悪くない。楽しいと思えるのは、アリアがきっと俺の知ってる誰とも違うからだろう。


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