腐ったこの世界で


伯爵のエスコートに促されてあたしたちは公園の中を歩いていく。まだ少し歩き方がぎこちないあたしを、伯爵はさりげなく支えてくれた。
はっきり言って裏社会を転々としていたあたしにとって、こんなところは無縁だった。汚い服を着ていたあたしがここに来ても追い出されたと思うけど。

「気に入った?」
「……うん」

あたしの言葉に伯爵は満足そう。それを見てあたしの心も不思議と浮き足立つ。それに変なの。なんだか懐かしいって思うあたしが居るの。
そう言ったら伯爵は少し考えるような顔をした。それから優しくあたしの頭を撫でてくれる。

「君が人狩りにあう前、もしかしたらこんな場所に住んでいたのかもしれないね」

その言葉はすんなりあたしの心に入ってきた。もう一度、ゆっくり公園の中を見回す。
幼い頃の記憶なんてほとんどない。覚えているのは誰かに追われているような、切迫感だけ。
それでももし、今あたしが抱える気持ちが伯爵の言う通り『郷愁』なんだとしたら。

「…そうだといいな」

家族が居るのかは分からない。それでもこんなところがあたしの故郷だとしたら。

きっとあたしは幸せだったのだろう。

黙り込むあたしに、伯爵がそっと左腕を差し出す。あたしはそこに右腕を絡ませる。伯爵は何も声をかけてこなかった。それが有り難かった。


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