腐ったこの世界で
伯爵の歩くままにあたしは公園の中を散策する。木々は青々と繁り、遠くに見えてきた湖には真っ白な水鳥たちが戯れていた。
穏やかな光景に自然と頬が緩む。こんな景色、見たことなかった。奴隷市場への移動は全て馬車。壁には鉄板が貼られ、明かり取りようにわずかに隙間があるだけだった。
「夢みたい。奴隷市場に居るときは想像もしてなかった」
自由なんてものを想像したこともなかった。手に入らないと分かっているのに、考えるだけ虚しいと思っていたから。
あたしにとっての世界はあまりに不条理で無関心なものだった。薄暗く腐った臭いのするもの。
だけど今、目の前には青く輝く空や緑豊かな木々が見える。若葉の香りをあたしは初めて知った。
伯爵がそっと背中に寄り添う。あたしの肩にその手が乗せられた。
「夢じゃないよ」
肩に乗せられた手に力が込められる。うん。分かってるよ。伯爵が救ってくれた。腐った世界からあたしを。
穏やかな日常。与えられる温かさの全てが優しくて。だから何も返せない自分が、時々とてももどかしくなる。
「あたしも何かできることがあればいいのに…」
小さな呟きは風に紛れて消えた。あたしは伯爵に促されて、来た道を戻る。強く風が吹いてあたしはドレスのスカートを押さえた。
「大丈夫? 風が出てきたね」
あたしを支える伯爵の手に力がこもる。あたしはその手に支えられながら馬車へと向かった。