腐ったこの世界で
ドレスを頼んでからマナー講座はよりいっそう厳しくなった。伯爵は本気であたしの社交界デビューを行うつもりらしい。
……それだけは断固阻止しなくては。
あたしは伯爵の帰宅を狙って書斎に突撃した。扉を壊す勢いで部屋に入ったあたしを、伯爵は目を丸くして見つめる。
「どうした?」
「伯爵にお願いが!」
あたしの勢いに呑まれたらしい伯爵は、次には嬉しそうに相好を崩した。あれ? なんでこんなに嬉しそうなんだろうか。
ニコニコと笑う伯爵に若干ビビりながらも、あたしは決意を固める。だって今言わなきゃ絶対に後悔するもの!
「あたし、社交界デビューしたくないんだけど!」
やった…。言えた! 言ってやった! あたしは自分で自分を褒め称えた。頑張ったあたし。 よくやったあたし!
伯爵に言えたことに安心しながら彼の顔を見て――後悔した。あれ? 後悔したくなくて言ったのに後悔してるあたしが居るんだけど。
「……なんで?」
にっこり笑って聞かれた言葉に冷や汗が出た。笑ってるのに目が笑ってないのは、絶対に見間違いなんかじゃない。
「え…? だって、意味ないし…貴族じゃないし……マナー覚えられないし…」
言いながら自分の声がだんだんと小さくなっていくのが分かる。そもそも伯爵がなんであたしを社交界に出したいのか分からない。伯爵からの威圧感が強すぎて聞けないけど。
「マナーはよくできてると講師の人も誉めてるよ?」
にっこり笑ってそれだけ言う。他のことに対しては触れて来ないんですか。やめる気はないってことですね。
――あたしの最初の抵抗は敗北に終わった。