腐ったこの世界で


ミセス・エリアナの被服工房では3人のお針子とミセス・エリアナが待っていた。お針子の皆さまからはやる気がみなぎっている。……怖い。
お店に到着するとあたしはイリスと引き離され、お針子の皆さまに着ていた服をひん剥かれた。仮縫いのドレスを身に纏い、再びイリスの前に連れてこられる。ドレスを見たイリスは感嘆のため息を漏らした。

「素敵です…!」
「……本当?」

あたしは疑いながらも自分の身を包むドレスを見下ろした。青を基調としたドレスはシフォンをふんだんに使ってある。紫紺のレースは歩く度に軽やかに揺れた。
襟ぐりは最初の注文通り広く開けられてある。自分の残念な胸元を見てあたしは小さくため息をついた。

「お気に召しませんでしたか?」

あたしのため息を誤解したお針子の皆さんが悲しそうな顔をする。「まさか! すごく素敵です!」あたしは慌てて褒め称えた。お針子の皆さんは満足そうな顔をする。
確かにドレスは素敵だ。あたしには勿体ないくらいに。だけど似合うかとはいうと話は別で。あたしは鏡に映る自分の姿を見た。

「………」

残念な胸元に涙が出そうになる。巨乳になりたいとは言わないけど人並みの大きさが欲しかった。
残念がるあたしを見てお針子の皆さんが控え目に笑う。それを見てあたしは真っ赤になって鏡の裏に引っ込んだ。

「よろしければそのまま本縫いに入りますが?」
「大丈夫ですよね? アリアさま」
「…はい」

あたしは頷いてドレスを脱いだ。すぐにお針子の皆さんがドレスを裏に持っていってしまう。あたしがイリスの座っているソファーに座ると、ミセス・エリアナが紅茶を淹れてくれた。

「ルーシアス卿はもうここには来ないだろうと思っておりましたわ」
「え?」
「ミス・クリスティーナのドレスを作ったとき以来ですもの」

その言葉にあたしは顔を上げる。前にも聞いた名前。確か、伯爵と一緒に来たときにミセス・エリアナが言った名前だ。


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