腐ったこの世界で
ミス・クリスティーナ。聞いたことのない名前。にわかに興味を持ったあたしは、持っていた紅茶カップを置いてミセス・エリアナに向き直った。
「ミセス・エリアナ、あの……聞いても?」
「まぁ、なんです?」
「ミス・クリスティーナという女性は…」
なんて質問したらいいのか分からず、あたしは曖昧に尋ねる。ミセス・エリアナはあたしの質問が意外だったのか、目を丸くした。
ミセス・エリアナがまじまじとあたしの方を見てくる。やっぱり聞かなきゃ良かった。今更ながら、後悔が押し寄せてくる。
「ミス・クリスティーナは少し前にここでドレスを注文なさいました」
その言葉にあたしは顔を上げる。答えてくれるとは思わなかったのだ。思いの外優しい笑顔に触れて、あたしはなんだか照れてしまう。
「その時も社交界デビュー用のドレスを作りました」
「え…?」
「ルーシアス卿はミス・クリスティーナのパートナーを務められたと聞いています」
意外な一言に、あたしは固まる。それから無性に胸が騒いだ。
ふーん。前に伯爵がパートナーを務めた令嬢なんだ。
「どうかしましたか?」
「ううん。なんでもない」
黙り込むあたしを見てイリスが不思議そうな顔をする。あたしは安心させるように笑いかけてから、ゆっくりと紅茶を飲んだ。
来たときよりもいっそう、行きたくなくなってしまった。どうにかして諦めてくれないかな…。