腐ったこの世界で
店主はにこにこ笑いながら勧めてくれるが、あたしはそれを受け取れなかった。だってお金、持ってないし。
引き取ってくれた所は伯爵家。お金はたくさんあるかもしれないけど、あたしが自由にできるお金はないのだ。
所詮、あたしは居候の身。おまけにちょっと前まで奴隷だったわけで。
「ごめんなさい。あたしにはちょっと…」
不相応だ、と思って断れば店主は残念そうな顔をする。あたしはもう一度断ってからその場を離れようとして、それを見つけた。
銀色に輝く三連環の腕輪。精密な植物の絵が彫られてあり、それぞれに貴石が埋まっていた。
店主があたしの視線に気がつき、それを手に持って見せてくる。あたしは理由は分からないが、見れば見るほどそれに惹かれてしまった。
「これはアデラート公国で作られた品ですよ」
「アデラート公国…」
「えぇ。今あの国は事実上、存在していない状態ですからね。なかなか手に入らなくて」
あたしは勧められるままにその三連環を手に取った。思ったよりも軽い。見れば見るほど、見事な細工だった。
自分でもどうしてこんなに心惹かれたのだろう。ただ純粋にこれが気になって仕方がないのだ。
「どうです? 一点ものですよ」
「う…」
正直に言えば欲しい、気がする。だけどお金がないのも事実で。泣く泣く諦めようとしたら、横から銀貨が出された。
びっくりして横を振り仰げばイリスがお金を出している。店主はそれを受け取ると、さっさと腕輪を包んでイリスに渡した。
「イリス、あのお金…」
「大丈夫ですから」
狼狽えるあたしを宥めるようにして、イリスはあたしを馬車へと誘う。でもね、銀貨で支払ってたよね? 安い買い物ではないってことで……侍女の給料っていくらなんだろう。