腐ったこの世界で
乗り込んだ馬車の中でイリスが包み紙を差し出す。あたしはそれを受け取れなかった。手を差し出さないあたしに、イリスが困った顔をする。
だってあたしが貰う訳にはいかないもの。イリスが買ったものだからイリスが貰うべきだ。そう言ったらイリスは苦笑した。
「どうぞ貰ってください」
「でも…」
「私が買ったことを気にしているのなら大丈夫です。私はお金を出してませんから」
意外な一言にあたしは目を丸くして固まる。イリスはあたしの反応を予想していたのか、苦笑を漏らした。
「実はレオンさまからおこづかいをお預かりしてました」
「…え?」
「帰りに何か買ってきたらどうだ、とおっしゃって」
そう言って呆然とするあたしの手に包み紙を押し付ける。あたしは未だに信じられなかった。伯爵がそんなことを言ったの?
伯爵の何気ない心遣いが嬉しかった。ずっと屋敷に籠りっぱなしで少しつまらないって思ってから。拾ってもらっておいて、そんなこと言えた義理じゃないって分かってるけど。
「…嬉しい」
「今度はレオンさまと行けるとよろしいですね」
素直に笑うあたしにイリスが優しく言った。だけどその言葉にあたしは顔をしかめる。
だって伯爵と買い物に行くとすごいお金を使うんだもの。伯爵がお金に困ってないことは分かるけどやっぱりもったいないって思っちゃうのよね。
「伯爵と買い物に行くと心臓に悪いんです」
「レオンさまは意外と尽くす方なんですね。私もびっくりしました」
イリスの言葉にあたしはそっぽを向いた。あれはペットを可愛がるような感じだけどね。イリスが期待するようなものではないよ。
やがて馬車はゆっくりと屋敷の中へと戻ってきた。変なの。ここに来てまだ1ヶ月も経ってないのに、ここに戻ったら「帰ってきた」と思う自分が居る。
「お帰りなさいませ」
屋敷の入り口で微笑むクレアを見つけて、あたしはなんだか恥ずかしいようなくすぐったいような気持ちになった。