腐ったこの世界で
舞踏会が近づくにつれ、伯爵はいつにも増して忙しそうだった。屋敷に届けられる手紙も倍に増え、それを見る伯爵の眉間のシワも増えていく。あたしはそんな伯爵を見て首を傾げた。
「何か悩み事?」
ティーカップを片手に一点を睨む伯爵に聞けば、驚いたような顔になった伯爵がこちらを見た。「…え?」その表情から察するに、自分がしかめっ面をしているとは思わなかったらしい。
「眉間にすごいシワ。仕事の悩みですか?」
「いや…」
伯爵が苦笑しながら自分の眉間を軽く揉む。どうやら本当に気がつかなかったらしい。そんなにひどい悩みなのかな。
話してくれるかな、って思って伯爵を見たけど伯爵は口を開こうとはしなかった。なるほど。あたしには言えないことか、言いたくないってことか。
「疲れてるのなら休んだ方がいいですよ。グレイグさん、呼びますか?」
「いや……大丈夫だ。心配してくれるの?」
優しい眼差しに咄嗟に何も言えなくなった。恥ずかしくなって伯爵から視線を逸らす。
心配っていうか仕事が忙しいなら無理して付き合わなくていいっていうか、あたしといるよりも休んだ方がいいんじゃないかなって思ったわけで…。
うつむきながらそんなことを言うあたしに、伯爵が手を伸ばしてくる。その手はあたしの頬を優しく撫でた。
「僕はアリアと一緒に居たいんだよ」
「っ、」
本当にこの男は。その一言がどれだけあたしに衝撃を与えるのか分かってるのだろうか。……分かってないんだろうな。