腐ったこの世界で


伯爵のことは無視することに決めて、あたしは舞踏会のことを考える。嫌だなぁ。恥かきそうだし。
あたしが笑われるのは構わない。だって貴族でもないしお世辞でも上品なんかでもないし。でも一緒に居る伯爵に迷惑がかかるなら……。
そこまで考えて恐ろしい事実に気づいてしまった。

「……伯爵、」
「うん?」

青ざめるあたしを見て伯爵が不思議そうに首を傾げた。「伯爵も一緒だよね?」「え?」聞かれたことの意味が分からなかったのか、やっぱり伯爵が首を傾げる。

「舞踏会、伯爵も一緒だよね」

迂闊だった。当たり前に伯爵が一緒だと思っていたけど、そんなこと伯爵は一言も言っていなかった。
何も知らないあたしが一人で舞踏会を乗りきれるはずがない。むしろ周りに迷惑をかけてひどいことになる…!
狼狽えるあたしを見て伯爵は一瞬きょとんとし、それから楽しそうに笑った。あたしはそんな伯爵を恨めしく思いながら見つめる。

「大丈夫、僕も一緒に行くよ。君を一人にしない」
「え?」
「お姫さまがよければ僕がリードをしても?」

完璧な笑顔で伯爵が微笑む。それを正面から見たあたしは顔が赤くなるのが分かった。
この人本当に恥ずかしい人だ。あたしは思いっきり顔を逸らす。心臓が痛い。伯爵のせいだ。

「…行きたくない」

最後の抵抗のつもりで囁いた一言。伯爵は笑顔で却下したけど。それを聞いてあたしも覚悟を決めた。
どこまで出来るか分からないけどやってやろうじゃないの。女は度胸よ。
伯爵にあたしの覚悟が伝わったのかは謎だが、それでも最初眉間にあったシワは消えていた。


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