腐ったこの世界で
舞踏会当日。あたしは心地よい夢から叩き起こされた。犯人はもちろんイリスとクレアの二人。
「さぁ、起きてください! 今日はやることがたくさんあるんですから」
「パーティーは夕方からでしょ? まだ十分間に合うよ…」
「いいえ! 足りないくらいですわ!」
そんなバカな。窓から見える太陽は中天よりもだいぶ前にある。これで間に合わないなんて恐ろしいことがあるのだろうか。
二人はあたしを容赦なく引っ張り出し、熱々の湯が入った風呂に放り込まれた。それから念入りに体を洗われる。
「皮が剥けそう…」
そんな呟きも聞こえないのか、二人はあたしの体を磨いていた。それからイリスは髪を洗う作業に移り、クレアは手足の爪を整えてくれる。
毎日丁寧に手入れをされた手はずいぶんと綺麗になった。栄養のある食事を取るようになったからか、爪の血色も良い。
「アリアさまの髪は本当に綺麗ですね」
丁寧に洗い、香油を塗り込むイリスがため息を溢しながらそう言った。あたしはそのことに少しだけ照れる。
「毎日イリスが手入れをしてくれるからだよ」
あたしの言葉にイリスは嬉しそうに笑った。
あたしは浴槽から上がると柔らかなタオルで体を拭われ、ゆったりとしたルームウェアに着替えさせられる。それからドレッサーの前に座らされた。
「さぁ、ここからが本番ですわ」
「気合いをいれてやりますよ」
鏡越しにあたしを見る目が怖い。怯えるあたしをよそに、二人は意気込んで腕捲りをした。そのままあたしの背後に立つ。
「覚悟してくださいね」
あれ、あたし舞踏会に行くんだよね? まるで戦場に行くような気分なんだけど。