腐ったこの世界で
身分で言ったらきっとあたしはこの屋敷の誰よりも低いだろう。でも誰もその事を言及しない。
だからあたしも甘えてしまってた。本当は自分が一番気にしなくてはいけないのに。
「そんな顔しないでください」
「そうですよ。私たちは舞踏会になんか行けなくたって気にしてないんですから」
あたしが落ち込んだのがクレアたちが舞踏会に行けないことだと思った二人は、慌ててそんなことを言う。そのことにあたしも慌ててしまった。
そんなつもりじゃなかったのに。安心させるように微笑めば、二人も笑ってくれた。
「その笑顔なら舞踏会でも注目を集めますよ」
「だと良いんだけど…」
ダンスを間違えたら違う意味で注目されるだろう。それだけは避けたいな、なんて思った。
やがて侍女の一人が伯爵の準備が整ったと教えに来てくれる。あたしはイリスの手を借りて椅子から立ち上がった。素早くクレアがドレスを直してくれる。
「さぁ行きましょうか」
促されるままにあたしは部屋を出て廊下を歩き出した。
滑るように、上体はあまり動かさず下を見ない。
講師が教えてくれたことを必死に頭の中に思いがけながら形だけでも優雅に見えるように心掛けた。
やがて玄関前の階段が見えてくる。手すりから下を見れば正装に身を包んだ伯爵が居た。あたしが姿を現したことに気づいたのか、伯爵の視線が上を見上げる。
「っ、」
あたしを見た瞬間、伯爵がわずかに目を見張る。それからなぜかとろけるような笑みを顔に浮かべた。