腐ったこの世界で
イリスに支えられながら階段をゆっくり降りる。伯爵は階段を2・3段上がったところに立っていて近づいてきたあたしに手を差し出した。あたしは反射的にその手を取ってしまう。
あたしは伯爵にエスコートされながら階段を降りた。あんなに気を付けていたのに視線は下がりっぱなし。だって伯爵があんな風に笑うから。なんだか恥ずかしくて伯爵を見れなかった。
「そのドレス、似合ってるよ」
「そうかな…」
「すごく綺麗だ」
恥も躊躇いもないその言葉に、あたしは一瞬固まった。照れは後からあたしを襲って。みるみる顔が赤くなるのが分かった。
「なっ…!」
「舞踏会に行くのが惜しくなったな…」
そうやって嘯く伯爵に何も言えなくなる。真剣な表情でそんなことを言うから、まったく質が悪い。
お願いだからそんな甘い声で耳元で囁かないで欲しい。緊張してるのに心臓が爆発しそうだ。
「さぁ足下に気を付けて」
伯爵に助けられてあたしは馬車に乗り込む。玄関まで見送りに来てくれたイリスたちを見れば笑顔であたしを送り出してくれた。
「気を付けてくださいましね」
「レオンさまのそばを離れてはダメですよ?」
しつこいくらい言われた言葉に何度も頷いていると目の前で馬車のドアが閉まる。やがてゆっくりとそれは動き出した。
心細さに物見窓から屋敷を振り返れば使用人の皆さんが見送ってくれている。あたしはそのことに少しだけ心が慰められた。