腐ったこの世界で


屋敷を出たときには緩んでいた緊張も、舞踏会が行われる屋敷に近づくごとに戻ってくる。たぶん顔色が悪くなっていたのだろう。そんなあたしを見て伯爵が苦笑した。

「そんなに緊張しなくても。誰も取って食べたりしないよ?」
「でも、不安だし……マナーとか…ダンスとか……」

そんなことを考えたら頭の中が真っ白になってしまった。マナーの所作も、ダンスのステップも頭からどんどん零れていくような錯覚に陥る。

どうしよう…帰りたい…!!

軽くパニックになる。泣きそうになったあたしは優しく手を握る温もりに気づいた。
見れば伯爵が両手であたしの手を握っている。安心させるように微笑みながら。

「大丈夫、」
「え?」
「僕が一緒だ。君が不安に思うようなことは何もない」

そう言ってあたしの手を優しく撫でる。その温もりに自分でもびっくりするくらい安心した。
肩の力が抜けたのが分かったのか、伯爵があたしから手を離す。それが少し寂しいって思ったのは、たぶん緊張してるからだ。

「これから行く屋敷について説明をしてもいいかな?」
「うん」
「場所はサーディ伯爵邸。伯爵とは祖父の代からの付き合いだ。確か娘が一人居たけど嫁に行ったはず」

私は神妙な顔で聞いてたけど、正直よく分からなかった。だって知らない人だもん。
とにかく目立たないように。空気になろう。心に誓った。


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