腐ったこの世界で
馬車がゆっくりと止まる。物見窓からは煌々と輝く一軒の屋敷が見えた。
馭者によってドアが外側から開けられる。まず伯爵が降りてあたしに手を差し出した。あたしはそれをじっと見つめる。
「アリア?」
「……伯爵、」
伯爵の目があたしを見る。あたしはその目をまっすぐ見返した。
「大丈夫かな」
我ながら往生際が悪いと思う。でもこれから行く場所は生粋の紳士・淑女が集まるところ。あたしなんかが居てはダメな場所。
しばらく伯爵はあたしを見た後、躊躇うあたしな手を掴んだ。そのまま外へと引っ張る。
「言っただろ? 側に居る」
今まで聞いたことがない粗野な物言いにドキッとした。でも同時に安心する。
伯爵が側にいる。だから大丈夫。
あたしはその一歩を踏み出した。
途端に広がる豪華な世界。あたしは思わず目眩がした。
夜なのに昼間のように明るいのはあちこちに設置された外灯のおかげだろう。橙色の明かりに浮かぶお屋敷はそれだけで絵になりそうだ。
「こっちだ」
伯爵の巧みなエスコートに先導されながらあたしたちは目の前の大階段を昇る。上にはこの屋敷の主人たちと思われる人たちが立っていた。
一番奥で挨拶をしていた男の人はあたしたちの姿を見つけると嬉しそうに目元を和ませる。伯爵も嬉しそうに口の端を緩ませた。
「お久しぶりですな、ルーシアス卿。今日は来ていただけると思わなかったですぞ」
「お招きありがとうございます。サーディ卿」
二人は固い握手を交わした。サーディ伯爵があたしを見るのが分かって、あたしはわずかに息を呑む。
「それで? こちらのレディは?」
「レディ・アリアです。当家でお預かりしてるんですよ。今日が初めての社交界なんです」
「ほぅ…彼女が……」