腐ったこの世界で
何かを含んだような視線。サーディ伯爵はあたしを真っ直ぐに見つめた。あたしは習った通りにスカートを軽く持ち上げ、腰を引いて頭を下げる。
優雅さとか美しさとかそんなのは頭から飛んでいた。ただ所作を間違えないように。そればっかりが頭の中を支配する。
「楽しんでいってくだされ。レディ・アリア」
思ったよりも優しい声が頭上から降ってきた。震える足を叱咤し、あたしは体を上げる。
そこには優しく微笑むサーディ卿の姿があった。まさか笑ってくれるなんて思ってなかったので少し驚く。
「はい…!」
たぶん心から笑えたと思う。あたしの笑顔を受けてサーディ卿の笑みがますます深まった。
あたしは伯爵にエスコートされながら、パーティー会場へと足を踏み入れる。そこには見たことがない世界が広がっていた。
「わぁ…!」
天井に据えられた巨大なシャンデリア。壁には精緻な絵と飾りがあり、床は輝くばかりに磨かれてあった。
大広間は既に集まっていた招待客たちで賑わっている。そのどれもが紳士・淑女の皆さまだ。
あたしは思わず足を止めそうになるが、あらかじめ予想していたのだろう。背中に回されていた伯爵の手が、そっとあたしを押す。
「大丈夫だから」
不思議。その一言で不安がどこかへ消えた。伯爵に励まされるように足を踏み出せば、隣で笑う気配がする。
「伯爵?」
「いや……」
怪訝に思って伯爵を見上げたが、伯爵は何も言わなかった。釈然としないながらも、あたしは足を進める。
――さぁ、ここからが本番だ。