腐ったこの世界で
今までの中で一番上手く踊れている。伯爵は終始笑顔であたしを見つめていて、あたしは呆れてしまった。
よくそんなキラキラした笑顔を浮かべられるものだ。呆れると同時に感心もしてしまう。
伯爵の笑顔を見続けるのも恥ずかしいので周りに視線を向ければ、いくつもの目線が突き刺さった。
「みんな見てる」
「アリアを見てるんだ」
「……そうかな」
さすがにあたしでも羨望と、嫉妬の違いは分かるよ。確かにあたしを見てるけど、好意的な意味でないはずだ。目が怖いもん。
特に女性の皆さまの視線が怖かった。まさにギラギラって言葉が似合う感じ。
「伯爵って人気者なんだね……」
思わず呟けば伯爵が苦笑した。そんなことないよ、とでも言うように。
伯爵が人気者であるかどうかはともかく、あたしが伯爵と踊っているという状況はかなり面白くないらしい。皆さまの視線がそう言っていた。
淑女の多くの方が顔をしかめてあたしたちを見ている。仮面をしっかり被っている淑女の方でも目は冷ややかだった。
「何を考えてる?」
「え?」
「ステップが乱れてる」
指摘されて自分が音楽に合ってないことに気がついた。慌ててもずれたステップは元には戻らない。
「あれ?」
焦るあたしとは裏腹に伯爵は楽しそう。それに気づいたあたしが伯爵を睨めば、伯爵があたしの手を思いっきり引っ張った。
「僕に合わせて」
耳元で優しく囁かれる。サッと自分の顔に熱が集まるのが分かった。びっくりした。いきなり耳元で話すから。
伯爵にリードされるまま踊る。いつの間にかステップは元通りになっていた。その技術に驚く。
「伯爵ってなんでもできそうね」
「…そんなことないと思うけど」
困ったような顔をする伯爵に笑みがこぼれる。顔を近づけて親密そうに話すあたしたちに、周りがますます険悪になることに、あたしはまったく気づかなかった。