腐ったこの世界で


一曲無事に踊りきってダンスの輪から離れる。伯爵はあたしを壁際まで連れてくると飲み物を取ってくる、と言ってあたしから離れた。
伯爵の背中を見ながら、あたしは自分の肩から力が抜けるのを感じる。皆とは少し距離があるから息抜きができた。
改めて見回す舞踏会は本当に凄かった。お話ような世界が目の前に広がっている。その中に自分が居ることが未だに信じられなかった。

「――ちょっとよろしくて?」

ぼんやりと舞踏会を眺めていたら横から声が聞こえた。そっちを向けば着飾った淑女の皆さまが立っている。
あたしはきょとんと彼女たちを見回した。呼び止められる理由が分からない。この人たちの中に知り合いも居ないし。

「なんですか?」
「あなた、ルーシアス伯爵の何なのかしら?」

ずばりと切り込んできたのは先頭に立つ一際着飾った女性だった。びっくりするくらい腰が細い。
中身、どこに行っちゃったんだろうなんてどうでも良いことが頭の中を駆け巡った。

「ちょっと、聞いていますの?」
「え?」

しまった。どうでもいいこと考えていたから何も聞いてなかった。
そんなあたしの心情が分かったのか、目の前の人の美しい顔に青筋が浮かぶ。言い様のない迫力があった。

「ですから! あなた、伯爵の何なんですの?」
「あたしですか?」
「ずいぶん親しく見えましたので。失礼ながらあなたをお見かけしたことがなかったので、どうしても気になったのですわ」

彼女の言葉に、後ろに控えていた皆さまも肯定の雰囲気を出す。なるほど。皆さん気になっているわけですか。
伯爵の何なのか。そんなのはあたしが一番聞きたい。
でも、とりあえず今言えることは――。

「伯爵のお屋敷でお世話になっております。その縁で伯爵には何かと気を使っていただいています」

皆さんの目が驚きに見開かれた。


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