腐ったこの世界で
あれ。お嬢様方が固まってしまった。あたし、何かまずいこと言ったかな。
「…伯爵の屋敷にお世話になってるですって…?」
目の前に立つ淑女の肩が震えている。その理由が分からないあたしは、ただ戸惑うばかりだ。
見れば後ろに控える皆さんも目を丸くして驚いている。どうしてそんなに驚いてるんだろう。
「あなた、伯爵のお屋敷に住んでいますの!?」
「えっと……はい」
「まぁ! 何なんですの? 伯爵があんなに親しげに話すなんて……こんなの、クリスティーナ様以外で初めてですわ」
悔しそうな呟きの中に聞こえた名前に、あたしは反射的に顔を上げる。そんなあたしを見て、目の前の女の人は驚いたように一歩引いた。
聞いてみたいという好奇心が、あたしの中でむくむくと首をもたげる。だけどそれとは別に怖いと思う自分も居て。
この感情を、あたしは知らない。――知らないから、怖い。
結局黙り込むあたしに、皆さんは一様に不審な顔をする。そんな中、高いヒールの音を響かせて近づいてくる人が居た。
「あなた、ルーシアス伯爵邸に住んでいるそうね?」
明るい金髪を結い上げ、豊満な胸を強調させたドレスを着た女性。えぇっと、確か……。
「マーベリック子爵令嬢さま…」
あたしが名前を呼んだことが意外だったのか、マーベリック子爵令嬢が目を丸くした。それから柔らかな微少を浮かべる。
「初めまして。先ほどは挨拶もせずに失礼しましたわ」
そう言って、彼女はため息が出るほど綺麗で優雅なお辞儀を披露した。