君が君を好きになって。
階段を菜束が昇り終えて、窓に目をやった時。
ガ───────ッ。
「あ、電車」
窓から線路を見下ろして、電車が通って行くのを眺める菜束に、グラウンドから手を振る友人達が居た。
それに手を振り返してから、目を空に向けた。
分厚い雲。
「夏だなぁ…」
それは透き通りそうなくらい真っ白で、
手が届きそうなくらい近くに感じるもので、
それと同時に
空の青だったり、木々の緑だったり、菜束は心一杯“色”を吸い込んで、廊下をまた歩き出した。
「第二音楽室」
菜束はわざわざ声に出して教室名を確かめて、ドアノブに手を掛けた。
「…あれ?」
小窓から室内を覗くと、誰かがピアノを弾いている。
防音が完璧過ぎて気がつかなかった。
──凄くピアノが好きなんだな、この人
そう菜束が思えるくらい楽しそうに弾いていた。
鞄はピアノの側に倒して、
上着は近くの机に畳んで。
菜束は暫くピアノを弾くその姿に見惚れて、ドアノブを握ったまま固まっていた。
「どうしたの?」
「えっ」
涼しげな声に驚いて、菜束がドアノブはそのままで振り向くと、すぐ側に悪意も何も剥がしたような笑顔の少年が立っていた。