へたれンパイア~バイオレンスな生贄~
「……誰も、いないのか…」
開けたバスルームの奥からは、強い塩素の消毒液の匂いと、支給品で常備されている石鹸液の香りが漂ってくる。
もうその匂いにこそ人心地つけながら、キィ…と錆びて喧しい音を立てるその扉に注意して、ゆっくりと閉めた。
早朝のバスールーム…昼間や夜は、女でごった返すそこも、今だけは水を打ったように静かだった。
その特権を味わう為、あたしは脱いだ衣服もそのままに、すりガラスで隔たれたシャワールームの一室に入る。
温度調節もそのままに、入った瞬間思いっきり蛇口を捻りあげれば、熱い飛沫が頭からかかってその爽快さに、一気に目が覚めていくようだった。
全身を伝って排水溝に吸い込まれて行くお湯が、換気扇のフィルター越しにチラチラと見え隠れする朝日の光を含み、万華鏡のように紅く輝く
そんな朝の訪れを告げる灯に照らされながら、あたしはまだほんのりと薄暗いシャワールームで悪い夢にうなされた体を清めた。
全身に強くぶつかってくる大粒のお湯の滴が、体中の毛穴と言う毛穴から、あの恐怖の名残を追い出してくれるような錯覚を受ける。