へたれンパイア~バイオレンスな生贄~
「…何してる」
「抱き付いているのですわ」
だが、丁度頭がある胸の位置に顔を埋め、しっかりと背中に腕を回して、あたしに抱き付いて来ているマティリアに、呆れて声をあげる。
「離れろ」
有無を言わさず、頭を掴んでひっぺがすと、案外簡単に離れた。
けれど、少し曇りがちに瞳を伏せているその表情を見て、思わず尋ねる。
「どうした。言いたい事があるなら、早く言え」
「……」
ところが、マティリアは何も答えず、ココに来てから初めて見せる殊勝な態度で、空を振り仰いだ。
それにつられたあたしも空を見上げると、そこには虚無だったハズの白い世界が、漆黒の闇に食い潰されようとしている光景が、目に入る。
「夜に、なるのか」
それを随分急な展開だな、と思いながらも、ジワジワと侵食していく闇の深さに眉をひそめた。
「兄は、夜になると人間になってしまうのです」
一緒に空を見上げていたマティリアが、完全に光が消えてなくなってしまったのを確認してから、ゆっくりとフードを取り払い、コチラに向き直って言う。
「知っている。特異体質なんだろ」
その代わりに、今度はあたしの方がもう一度空を振り仰ぎ、完全に黒く塗り潰された世界を見つめた。
ブラックホールの塊みたいなそれは、見ているだけで今にも吸い込まれそうになる。