短編集
夏の嘘
携帯が鳴った。個別着信音を設定しているのは1人だけだから、名前も見ずに出る。鼓膜を震わせたのは確かに彼の声だった。

『…オレ』

「どうしたの?」

『今どこ』

「今?コンビニ」

『…待ってっから』

「わかったー」

他愛もない会話をして電源ボタンを押す。去年の夏に撮った、彼と私が一緒に笑っている写真が表示された。が、すぐに閉じる。

いつからか私は笑えなくなった。彼といるときだけは笑えていたのに、それもない。笑おうと思えば引きつった笑みを浮かべることなんて簡単、でも彼はそれをひどく嫌がった。

『自然な笑顔じゃねーんなら笑うなよ』

それはきっと彼の精一杯の愛情だった。不器用な彼なりに頑張って絞りだした言葉。嬉しかった。だから無理には笑わない。
< 12 / 17 >

この作品をシェア

pagetop