幼なじみ
「大丈夫だよ、ありがとう。」
店長さんはそう言って、洋服の袖で涙を拭うと、力なく笑ってから続けた。

「あの日は、いつもとなにも変わらなかった。睡眠をとらずに何十時間もゲームに没頭しているあいつに、昼飯を届けに行ったんだ。そしたらあいつは部屋の中で、パソコンのディスプレイの前で、キーボードに覆いかぶさるようにして倒れていた。ネットカフェでゲームをやりすぎて、若い子が命を失った外国の事件を、僕は知っていたのにね。」
店長さんはそう言って、うつむいた。
「僕はあいつが、ハヤトが側にいるだけで、それだけで良かったはずなのに。変な自慢心と抑えられない気持ちで、結果的にはなにもかも失ってしまった。あいつ自身も、あいつの人生さえもね。」
最後のほうは、呟くように小さな声だった。

「それでも、ハヤトの居場所がここにはあったんですね。」
そんな言葉をあたしは口にしていた。
「ハヤトが一番辛いときに、あたしはハヤトに、なにもしてあげられなかった。優しい言葉さえ、かけてあげられなかった。偉そうに幼なじみだなんて、あたしには、そんなこと言う資格なんて本当はないんです。今さらになって、ハヤトのことを知りたいだなんて卑怯ですよね。あたしはハヤトから逃げ出したんだから。」

全然形は、違う傷だけど。
店長さんとあたしの傷が。
ハヤトというひとりの人間を通して、つながった気がした。

ハヤトという人間が。
生きていたことを知っている人物が、ここにふたりもいる。
それ以上、何を求めるものがあるのだろう。

店長さんが受付近くにある引き出しの中から、なにかを取り出して来て、あたしに差し出した。
「施設から遺品をもらって来たんだ。これは、君が持っていたほうがいいと思う。」
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